「スマートフォンの次」を担うデバイス「ARグラス」で、世界トップシェアを目指す

~最先端技術の社会実装を目指す研究者の挑戦~
Cellid株式会社
代表取締役CEO 白神 賢 氏

世界で最先端科学に立ち向かうー研究者としてのバックグラウンド

Q:まず人物像から伺いたいと思いますが、どのような子ども/学生時代でしたか?

私は元々スポーツが好きで、サッカーとサイエンス(特に物理や数学)に興味を持っていました。身体を動かすことが好きだったので、外で遊ぶことが多かったです。友達もスポーツ好きが多かったですね。どちらかというと、みんなでわいわい楽しむタイプでした。

サイエンス系では宇宙や恐竜、虫など、いわゆるオタク的なことに熱中していました。

Q:ま白神様は早稲田大学で物理学を学ばれて、国内外で素粒子物理学に携わっていらっしゃったとお伺いしています。物理学に興味を持ったきっかけは何ですか?
昔からサイエンスが好きだったからです。大学選びも、サッカーと物理学の二つの軸で選びました。研究室までは決めていなかったのですが、物理がしっかり学べてサッカーもできる大学を探し、早稲田大学を選びました。物理をやりたかった理由は、宇宙や素粒子の研究をしたいと思っていたからです。
大学進学後は、早稲田大学の物理学科がCERN(セルン)というスイスの研究所での研究プロジェクトを進めていたので、その研究室に入りたいと思い素粒子物理学の専攻を選びました。

スイスの研究所での経験が、起業の決め手に-「魔法の技術」を社会実装したい-

私が研究していたCERNという研究所は、物理学の研究所でありながら、同時にコンピュータサイエンスの研究所でもありました。World Wide Web(WWW)の仕組みを作ったり、コンピュータサイエンスの最先端の研究をしている研究所だったのです。

そのため、私は物理実験と並行してコンピュータサイエンスにも取り組んでおり、コーディングはもちろん、IC基板の製作や、実際に製作したプロトタイプを手に、地下にあるサーバールームにアクセスして光ファイバーを挿してデータの疎通確認をするような、さまざまな開発も行いました。物理だけでなくコンピュータサイエンスの研究も同時に行わなければならない環境で、私は特にコンピュータサイエンスに興味を持つようになりました。

CERNでは、陽子を加速して衝突させることで、非常に低い確立で起こるとされる素粒子現象を観測することで、宇宙初期に生じたと考えられる宇宙の進化の鍵を、直接的かつ実験的に解明していく研究を行っています。具体的には、膨大なデータを生成し、ニューラルネットワークやグリッドコンピューティングといった当時の最先端のコンピューティング技術を使用して解析することで、とても低い確率で起こるとされていた新しい粒子を見つけ出そうとする研究です。そこでは、1秒間に1PBのデータが、つまり、1秒の間に1テラバイトの容量を持ったスマートフォン約1000台分のデータが常に生み出され続けていたのですが、もちろん全てのデータを記録することはできないので、1秒間に1PBものデータを解析し、残すべきデータを選別する計算機を作るのが私の研究でした。

これらの研究を通して、研究に活用していたコンピューティング技術に魅了され、物理の研究だけでなく、より直接的に社会に貢献できるのではないか、と考えるようになりました。物理が好きで始めた研究でしたが、コンピュータサイエンスという魔法のような技術に出会い、これらを社会実装したいと強く思ったことが起業のきっかけです。

新時代のデバイス「ARグラス」を作る

会社設立時にはビジネスモデルはなく、設立後に研究で使用していたコンピューティング技術が使える分野を探しながらビジネスモデルを確立する、という形で起業しました。

起業当初は、1秒間に1PBものデータを処理できるようなシステムを何に活用しようか、と考えていました。元々、膨大なデータを処理する技術が必要とされるアプリケーションはたくさんあります。例えば、テキスト検索では大規模な検索エンジンが膨大なデータ処理を行っています。

ちょうどスマートフォンの販売台数が頭打ちになってきた時代でもあり、また、テキストの検索だけでなく、画像検索が行われ始めていた中で、スマートフォンではなくグラス型のデバイスに移行することで、空間そのものを検索対象にするようになるだろうと予想したのです。

ARグラスで空間を検索するシステムに、CERNで培った技術を生かそうと考えたのが社会実装への第一歩でした。そのように考え、事業領域を決めていきました。

物作りに奔走する日々

Q:何か創業当初から今までを振り返って、特に印象に残っているエピソードはありますか?

印象に残っている出来事はいっぱいあります。めちゃくちゃ毎日が忙しいのですが、同時に楽しいです。
例えば、一番最初にこのARグラス用のディスプレイのプロトタイプに着手した際には、まだ形も何もなかったのですが、3ヶ月後に控えたラスベガスのコンシューマー・エレクトロニクス・ショーに出展するために、先に出展予約をしてしまったのです。それに向けててんやわんやで物づくりをしました。

年明けのショー出展が控える中、年末ギリギリまで製品が出来上がらず、いざ届いたら、フレームに入らなかったりして、、みんなで年末の夜中まで手作業でフレームを削って組み上げました。結局、出国前まで間に合わなかったので、ラスベガスでも手作業を行うことで何とか間に合ったのですが、お客様にプロトタイプを見てもらうと、見る人見る人が口々に「すごい」ってお褒めの言葉をいただいて。そういう瞬間はすごく達成感を感じます。そのような瞬間が今も毎日起きています。

お客様に「これで未来が変わる」って言っていただけることが、何よりも嬉しい瞬間です。

「研究者」から「経営者」になってみて感じること

Q:起業家としてやる中で、研究者のときとは違った難しさもあるかと思います。

研究者の場合は、自身の研究に集中できる環境がある程度整っている場合が多いです。例えば、CERNでは既に実験施設があり、チームが組成され、研究のテーマをもらって研究を進めていくことができます。

一方で、起業の場合は全てのリソースを自分で用意しなければなりません。会社の登記をして、事業計画を立て、資金調達をして、仲間を集めて、モノをつくり、お客様を開拓して、、といった具合に、事業活動に必要なあらゆることを自分たちでやっていかなくてはなりません。

それが一番大変なところであり、今でも苦労しています。研究者としてのキャリアとは大きく異なる点で、難しさを感じる部分ですね。

常にミッション・ビジョンに立ち返る

Q:会社の経営において特に大切にしていることはありますか?

会社経営においては日々様々な意思決定が必要ですが、意思決定の際に立ち戻るのが、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)です。
我々Cellidは独自にMPP(Mission・Philosophy・Principle)と呼んでいるのですが、いつもそこに立ち返り、「我々がこれをやることが、本当にビジョンの実現に繋がるのか」を常に意識しています。日々の業務に追われているとなかなか立ち戻れないこともありますが、やはり「我々が本当にやるべきことは何なのか」「実現のためにどのようなアプローチが必要か」を、常に念頭に置いておくことが大切だと思っています。

我々のミッションは、より便利な社会をコンピューティング技術で作っていくところにあります。様々なビジネス機会をいただく中で、それが本当に世界を変えることができるのか、人々の生活がより便利になるのかということを常に考えるようにしています。

この製品の厚みを増やすか増やさないかという決定一つとっても、様々なトレードオフがあります。例えば、厚みを増すことで映像は綺麗になりますが、一方で重くなってしまったり、逆に薄くすると壊れやすくなったり。技術やプロダクトの意思決定をする上でも、いくつものポイントがあります。

でも結局のところ、最終的にはそれがユーザーが実際に使った時にどういう体験を提供できるのか、そこに帰結します。技術の選択であれ、ビジネスの意思決定をする場合であれ、基本的にはMPPを基準にしています。ユーザー視点に立って、最良の体験を提供できる選択肢は何なのかを考えて判断するようにしています。

スマートフォンに匹敵するマーケットでシェアを取る

Q:現在、創業から8年が経過したタイミングですが、今後の展望を教えてください。

今まさに各社のメーカーがARグラスを出そうとしています。1年後を目指している会社もあれば、2年後を目指している会社もありますが…それこそ世界中で数千万台規模の市場が立ち上がろうとしています。スマートフォンに匹敵するようなマーケットが水面化で始まろうとする中で、当社がしっかりとシェアを取っていきたいです。

量産体制の構築はもちろん、お客様が実際に使った時に満足いただけるようなクオリティの確保、など今一生懸命立ち上げているところです。しっかりと体制を整えて、ユーザーの皆様に手に取っていただける形にしていきたいと思います。

Q:社外に目を向けたときに、注目している事業や研究領域などはありますか?

当社に関係する技術領域はもちろん注目しています。半導体分野の製造技術を用いて、シリコンではなく透明な光学材料を使用しますが、そういったナノフォトニクスと呼ばれる技術領域は特に注目しています。

また、ユースケース側では、認識技術に関心があります。空間を認識するSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)と呼ばれる領域では、センサー技術だったりAIだったりです。このような認識技術はユーザー体験に大きな影響を与えるので、常にウォッチしています。

求める人材は「どうしてもこのチャレンジを一緒にやりたい」と、熱くなれる人

Q:貴社では今、どのような人材を求めていますか?

我々がチャレンジしているのは、国内でのスマートフォンの販売台数が減少傾向にある環境で、新しいコンピュータデバイスを創出することです。 

昔はメインフレームがあって、1社に1台のコンピュータしかアクセスできなかった時代から、パソコンの登場で一家に1台のPCが普及し、そしてスマートフォンになって1人1台のコンピュータが当たり前になりました。しかし、スマートフォンの販売も伸び悩んでいる中で、次世代のコンピューティングデバイスが求められています。

コンピューティングデバイスが、どんどん集積され、使いやすいデバイスに変遷してきた中で、スマートフォンの次は、身につけるタイプのコンピュータの時代になっていきます。将来的にはコンタクトレンズ型や脳に埋め込むようなブレインコンピュータなんかも出てくるかもしれませんが、我々が直面しているチャレンジは、スマートフォンからARグラスへのシフトを進めていくことです。これは、コンピューティング業界全体で起きている大きなパラダイムシフトだと思います。

我々が持っているリソースはたくさんありますが、日本が得意とする光学技術や半導体技術はその一つです。ARグラスに必要なディスプレイでは、光学と半導体が融合する部分、いわゆるナノフォトニクスと呼ばれる技術が必要とされます。半導体の材料技術、製造技術、光学の材料技術、製造技術、シミュレーション技術といった様々な技術を結集して、ものづくりを行い、世界に販売していく。これが我々のチャレンジです。

「どうしても新しいコンピューティングデバイスにチャレンジしたい人」はたくさんいると考えています。

例えば、スマートフォン分野では、中国や韓国にシェアをとられる中で、エンジニアも活躍の場を求めて移籍をしています。しかし、移籍した先でもスマートフォンで大きなチャレンジがなくなってきている中で次のデバイスにチャレンジできる機会を探している、そのようなエンジニアは多いと思います。

また、ディスプレイ分野も同様に、昔は日本が強かったですが、中国や韓国にシェア取られてきました。その中で「新しいデバイスにチャレンジしたい」というエンジニアはたくさんいるので、そういった人たちを集結したいと考えています。「いいものを作って世の中に出していきたい」というモチベーションを持ってる人と一緒に働きたいなと思っています。

海外旅行に行って、すれ違う人たちが自分たちが開発した製品を身につけていたりすると、めちゃくちゃ嬉しいと思います。そういったチャレンジに熱中できる人に参画いただきたいです。

未来を担う大学生へ

Q:インターンやベンチャー企業、起業に関心を持つ大学生たちに向けて、メッセージをお願いします。

私自身もそうですが、一緒に働いている社員の方々も、自分の時間や才能など、持っている全てのリソースを新しい社会の実現に向けて全力で投入している、オールインしている状況です。スマートフォンに変わる新しいデバイスを生み出す、という大きなチャレンジにはもちろんリスクがありますが、失敗しても悔いはないと思っています。自らのリソースを社会の変革のために全力投入できる働き方は、それ自体に生きがいを感じられるもので、今の働き方ができる環境に感謝しています。

ぜひ、そういった幸せな働き方を多くの方に体験していただきたいですし、それを提供できるのが我々の会社だと自負しています。もし興味を持っていただけたら、ぜひ一度お話しさせていただきたいと思っているので、気軽にお声がけいただければと思います。

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おまけ

デモ版のARグラスを実際にかけさせていただきました!
Q:見た目は普通のメガネですね。これだったらその辺にかけてる人がいても気づかないですね。

そうなんです。Ray-ban Metaは日本ではまだ販売されていないのですが、アメリカではかけている人も多いです。

デバイスが変わると、日常が変わります。
例えば、写真を撮る機能の場合、フィルムカメラ時代から写真は撮れましたが、フィルムカメラからデジカメになって写真を撮る枚数が増えて、デジカメからスマートフォンになって、さらに撮る枚数が増えました。取る内容も変わったりして、同じ機能でもデバイスが変わると使い方が全然変わりますよね。スマートフォンからARグラスになると、同様に同じような機能でも使用方法やシーンが大きく変わっていきます。

我々は海外の展示会によく参加しますが、Ray-ban Metaをかけている人をよく見かけます。写真をスマートフォンではなく、Ray-ban Metaで撮影するのですが、撮られる側もスマートフォンを向けられるのではなくRay-ban Metaで撮影される方が緊張もありません。両手がフリーになってバンバン写真撮れるようになると、お子さんのいらっしゃる方や、何かの作業中でも、スマートフォンを出すことなく写真が撮れるようになります。デバイスが変わると日常が変わる。これが面白いですよね。

Q:このグラスに何か映したりもできるんですか?

はい、ここにディスプレイが載っています。これをかけると映像が見れます。(実際に映像を投影していただきました)

Q:わあ。とても自然ですね。すぐそこに本当に鳥が飛んでいるみたい。欲しくなっちゃいますね。日本でも早く買えるようになってほしいです。
このぐらい綺麗な映像が出せるようになりましたので、他社もグラスの開発に着手して、どんどん量産のモデルも決まっていったという形です。

ARグラスを作るには、空間に即したコンテンツを出す必要があります。
例えばこの部屋に入ると何かミーティングのコンテンツが見えたりとか、あるコンビニに入ると決済パッケージが表示されたりするとか。

空間に即したコンテンツを出すためには、空間を認識する技術が必要で、空間を認識するのは非常に計算量が多いので、そういった空間を認識する空間検索エンジンを作る必要があります。そのためにAIの技術を使うことを私は当初から考えていて、そのようなものを社会実装したいと思っています。

今回お話をお伺いしたのは・・・

Cellid株式会社
代表取締役CEO 白神 賢 氏
1990年4月 千葉県生まれ

早稲田大学 先進理工学部 物理学科 出身
早稲田大学院 物理学修士課程 修了
素粒子物理学を専門にするエンジニアで、ノーベル物理学賞に繋がった「ヒッグス粒子」を発見するプロジェクトにも参加していた。出身校の早稲田大学に加え、欧州原子核研究機構(CERN)、米国フェルミラボ(Fermilab)、イタリア原子核研究所(INFN) での研究歴がある。最先端の技術を社会実装したいとの思いから、2016年にCellidを創業。

 

Blending the Physical and Digital Worlds.
挑戦とイノベーションでお客様の期待を超え続ける

ARグラスは、私たちの生活を大きく変えうるとして、年々注目が高まっている次世代のデバイスです。Cellidでは、そんなARグラス用ディスプレイと空間認識サービスの開発を手がけています。デロイトトーマツ が実施するTMT業界の成長企業ランキングにて2023年国内2位の実力派企業。2024年には、世界最大のディスプレイ学会であるThe Society for Information Display (SID)より「2024 Display Component of the Year Award(ディスプレイ・コンポーネント・オブ・ザ・イヤー・アワード)」を受賞。代表の白神を含め、高い専門性を持つエンジニアが集まって挑戦を続けています。日本の強みである光学技術を活かし、世界トップ企業として、テクノロジーの進化を牽引していきます。

会社名:Cellid株式会社
所在地:東京都港区六本木4-8-6 パシフィックキャピタルプラザ5F
企業ホームページ:https://cellid.com/

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